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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(行ツ)47号 判決

長野県伊那市大字伊那一九三八番地

上告人

マルタ工業株式会社

右代表者代表取締役

田中靖

右訴訟代理人弁護士

木嶋日出夫

長野県伊那市大字伊那三五四五番地の一

被上告人

伊那税務署長

向井治紀

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長

小酒禮

右両名指定代理人

浦野正幸

亀谷和男

植田和男

右当事者間の東京高等裁判所昭和五六年(行コ)第二五号、第三〇号重加算税賦課決定処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年一一月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木嶋日出夫の上告理由第一について

原審の確定した事実関係のもとにおいて、被上告人国税不服審判所長の行つた本件裁決が適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について

被上告人伊那税務署長の行つた本件重加算税の賦課決定が適法であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長島敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上壽夫)

(昭和五九年(行ツ)第四七号 上告人 マルタ工業株式会社)

上告代理人木嶋日出夫の上告理由

第一、国税不服審判所長に対する上告理由

一、原判決は、国税通則法一一二条、同法二三条、法人税法八二条、行政不服審査法一八条、同法四六条の解釈を誤つたものであり、原判決に影響を及ぼすこと明白であるから、取消されるべきである。

1 行政不服審査法は、不服申立制度を国民が十分に活用し、その目的を達成するために、教示制度を採用している。そして、その具体的な内容として、同法は、第一に行政庁が審査請求もしくは異議申立て、または他の法令に基く不服申立てをすることができる処分を書面でする場合に、第二に行政庁が利害関係人から教示を求められた場合にそれぞれ教示すべき義務がある旨を規定している(同法五七条)。

2 教示の法的性質としては、教示は行政処分の通知に伴う一種の法定手続であり、それ自体の手続ではないとされ、それゆえになされるべき教示がなされなかつたとしても、そのことをもつて当該処分が違法となるわけではないとされている。

3 しかしながら、処分庁が誤つて教示をしたために、不服申立人が不測の損害を受けることになれば、国民の権利・利益の救済を図る機会を保障するために設けられた教示制度の趣旨に反することとなるので、同法は、誤つた教示がなされた場合には、最後まで処分庁の責任として処理し、不服申立人の不服申立の権利をそこなうことのないよう措置を定めている(同法一八条・二四条)。

従つて、右各法条は、誤つた教示をした当該処分庁でない名宛ての行政庁のとるべき措置をも規定したものであることは明白であり、これは、不服申立権を有する国民に対しては、行政庁が一体として右権利を擁護すべきとの法理念にもとづくものであろう。

4 ところで、同法五七条、一八条、二四条の解釈として、不服申立ができない処分について、誤つて不服申立ができる旨を教示した場合の効果については、何も規定はないが、この場合は不服申立制度として救済する道がないのは、いうまでもないとされている(南博方、小高剛著注釈行政不服審査法)。

この解釈は、国民が、ある行政庁の処分に対し、不服申立はおろか、その他の法令にもとづく何らの救済措置が全くない場合は妥当するであろう。なぜならば、処分を受けた国民は、絶対的に何らの法的救済がもともとなかつたのであるから、行政庁の誤つた教示によつて、法令にない救済措置が生まれてくるというのは、本末転倒というべきだからである。

5 しかしながら、ある行政庁の処分に対し、その処分はそのものに対する不服申立のみちは法令によつて認められていないが、その処分によつて受けるべき国民の不利益に対し、他の法令によつて当該国民の利益・権利の回復・救済のみちが開かれている場合もある。このような場合に、処分を行つた行政庁により本来法令で認められていない不服申立が可能である旨の誤つた教示がなされ、その結果として、当該国民のために開かれていた他の法令にもとづく利益・権利救済のみちが閉ざされてしまうような場合にまで、法律の規定がないことを理由として、前項の解釈が妥当するものとは、とうていいえない。

6 前項のような場合に、他の法令で認められている国民の利益・権利の救済のみちを開くべきか否かについて、現行の行政不服審査法は何も規定していない。従つて、このような場合に、国民の権利・利益救済のみちを開くか否かは、救示制度の本来の趣旨を基本に置いたうえで誤つた行政庁の教示の意味内容、当初の処分と、他の法令に基く権利・利益救済制度との関連性の有無及び程度、他の法令にもとでく権利・利益救済制度の内容、誤つた教示をした行政庁と名宛てをうけた行政庁との関係の疎密度、誤つた教示をした行政庁と他の法令で認められている権利・利益救済措置をなすべき行政庁との同一性の有無、あるいは関係の疎密度などの各行政制度全体の考察のうえにたつて、解釈すべきものである。

7 本件は、被上告人伊那税務署長が減額更正処分をなすにあたつて、法の解釈として、右処分に対しては不服申立ができない場合であるにもかかわらず、誤つて、不服申立ができる旨を教示し、上告人が右教示に従つて不服申立をしたために、本来、上告人に対し、他の法令(法人税法八二条)で認められていた更正の請求の特例にもとづく権利・利益救済のみちが期限切れによつて閉ざされてしまつたという事案である。

従つて、このような場合に、上告人に対し、本来の更正の請求の特例にもとでく利益救済のみちを開くべきか、否かについては、法令による規定がないのであるから、前項に述べたとおりの各制度の趣旨等を総合して判断すべきものと思考するので、以下、検討を加えることとする。

8 まず、減額更正処分に対して、直接に不服申立ができないという点であるが、これは、法律解釈として成り立つているものであることに注目しなければならない。

国税通則法は、更正処分に対しては、不服申立ができることを大原則としている。しかしながら、最高裁判所の判例をはじめとする通説は、減額更正処分は、被処分者に不利益を及ぼすものではないとの理由で、減額更正処分そのものに対する不服申立のみちを閉ざしている。しかし、このような考えに対して、減額更正処分も独立の処分であり、それ自体租税債務の確認処分であり、原則としては不利益処分ではないが、これに対しての訴の利益を認めなければ納税者の権利救済に欠けるという例外的な場合には、不服申立を認めるべきであるとの説も有力にとなえられている。その例として、申告がある事由によつて過大になつた場合に、これを救済する手続が法に定められておらず、たまたま課税庁が職権によつて減額更正処分をしたが、なおその額が納務義務者が確定すべきものとする税額を超えている場合、またこのような場合に法が救済手続を定めてはいるが納税者がこれによることをしなかつたか、或いは依りえなかつたことにつき相当な理由がある場合等を挙げている(広瀬正著判例からみた税法上の諸問題)。

まことに、本件のように、誤つた教示によつて、法が定めている救済手続に依りえなかつた相当な理由がある場合を意味するのであろう。しかし、これは、判例・通説にはなつていない。

ともあれ、本件の問題の出発点に立つ、減額更正処分に対して、不服申立ができるか否かについては、日本の租税法の体系のなかでも、きわめて微妙なものであることを認識しなければならない。

9 次に誤つた教示をした処分庁と、その教示により名宛てされた行政庁との関連性であるが、これはまことに密なものと言わねばならない。不服申立が許される更正処分に対する第一次不服申立である異議申立をうける行政庁が税務署長であるのに対し、第二次不服申立である審査請求をうける行政庁が国税不服審判所長である。しかも、青色申告でない申告の場合の更正処分に対する不服申立については、異議申立前置主義がとられている。

10 さらに、誤つた教示をした処分庁と本来の救済制度に基く救済を行う行政庁との異動であるが、本件の場合は、いずれも被上告人伊那税務署長である。

11 また、誤つた教示のもとになつた減額更正処分と、これに対する本来の権利・利益救済制度たる更正の請求の特例との牽連性であるが、法人税法八二条に規定するように、まさに、更正の請求の特例の規定を適用できる前提として、減額更正処分が必要だと言える。言葉をかえれば、減額更正処分に対する不服申立が許されない代償として、法人税法は、更正の請求の特例を規定したとも言えるのである。

このような更正の請求の特例の規定があるからこそ、判例や通説の主張するように減額更正処分は「不利益処分でない」との抽象的論理によつて、不服申立を拒絶することにも、かろうじて合理性が付与されると言うべきである。

原判決は、更正の請求と不服申立(不服審査請求)とは、制度の趣旨が違うという。そんなことは当然のことであり、趣旨の違うことの前提のうえに、両者の法的関連性を解釈すべきなのである。この両者は、納税者の権利救済制度全体の体系からみれば、不服申立制度の法的概念からはずれた場合の補完的制度、代償制度として更正の請求の特例があるのである。

12 以上のとおり、減額更正処分と、更正の請求の特例との法的性質、および、これら国民の権利救済制度の位置づけ、およびそれぞれの権利救済機関たる行政庁どうしの関係から考察するならば、本件の場合に、行政不服審査法の前記各条項およびこの各法条の趣旨を租税法体系の中に具体化したというべき国税通則法一一二条の規定を類推適用して、被告国税不服審判所長は、誤つた教示に従つた上告人の「不服審査請求書」を更正の請求の特例にもとづく権利救済の申立が伊那税務署長に対してあつたものとして、これを、送付すべきものとした、本件の第一審判決が正当であり、控訴審判決は、これらの法律の解釈を誤つたものと言うべきである。

13 本件の場合には、たまたま上告人が青色申告の承認を受けていたために、被上告人伊那税務署長による誤つた教示(伊那税務署長に対する異議申立または直接に国税不服審判所長に対する不服審査請求ができる旨)のうち、上告人は、直接に国税不服審判所長に対する不服申立を選んだのであるが、もし、上告人が、第一の不服申立制度たる伊那税務署長に対する「異議申立」の方を選んでいたと仮定すれば、これは、誤つた教示をした行政庁とそれにより名宛された行政庁と、本来の救済制度である更正の請求の特例を審査すべき行政庁とが、同一の行政庁であることとなつたのであり、かような場合には、伊那税務署長としては、当該申立を、法的に許されない「異議申立書」として取扱うべきでなく、「更正の請求の特例」として取扱うべきであるとする解釈を、行政不服審査法の各法条、国税通則法一一二条の規定等の類推適用により、とることには、それほどの抵抗感はないであろう。

本件のような特異な場合であり、かつ伊那税務署長と国税不服審判所長とが前述のような関係にあることを鑑みれば、被上告人国税不服審判所長に対し、第一審判決が判示した義務を課することは、上告人の権利救済を図るという教示制度の根本理念に照して決して、過重な負担を課するものとは、とうてい言えないであろう。

14 とりわけ、本件においては、原判決認定のように、上告人がなした「不服審査請求書」には、「更正の請求を求む」というはつきりとした文言が書かれ、「不服審査請求書」の体裁からしても、きわめて異例の「請求書」であつたのであるから、被上告人国税不服審判所長に前述の義務を課しても、何ら法秩序を破壊するものではない。

15 原判決は、「裁決機関が審査請求と更正の請求とは全くその性質を異にする行政手続であることからすれば、裁決機関が審査請求の内容を斟酌考慮してこれを他の機関の権限に属する事項に関する請求と解釈し当該機関に送付するというようなことは法律に特別の規定がない限り許されるところではない」と判示するが、行政不服審査法や国税通則法において、誤つた教示に対する救済規定の不備の場合である本件において、その不備を埋めるべき法律の解釈によつて国税不服審判所長に対し前述の義務を課することは、法律の許すところと言うべきである。

法の規定の不備によつて、国民の権利・利益の救済のみちが、その門前において閉じられることこそ、法の許さざるところと言わねばならない。

第二、伊那税務署長に対する上告理由

原判決は、国税通則法六八条一項の解釈を誤まり、原判決に影響を及ぼすこと明白であるから取消されるべきである。

1 課税庁が重加算税の賦課決定を行なえるのは、納税者において、国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又仮装したこととその仮装又は隠ぺいに基いて納税申告書を提出した場合に限られるというのが、国税通則法六八条一項の趣旨である。

2 従つて、右仮装、又は隠ぺいの行為は、納税者が確定申告書を提出した時点に存在することが、法律の求める要件であると言うべきである。

3 ところが原判決は、隠ぺい行為として、確定申告時よりもはるかに後である税務調査時点での工場日報の改ざんの事実を認定したうえで、重加算税の賦課決定処分を肯認している。これは、工場日報の改ざんの事実の有無(上告人は隠ぺいの故意を否認し、工場日報の改ざんは、那須部長の他の理由によるものであると主張している)いかんにかかわらず、本来重加算税賦課決定処分の要件にあらざるものを要件としているものであつて、国税通則法六八条一項の解釈を誤つたものである。

上告人が本件係争にかかる法人税の確定申告をした当時は、工場日報の改ざんはなされておらず、ありのままの姿で工場日報が備えつけられていたことは明白である。

4 原判決は、右工場日報の改ざんと、本件設備に関する納品書等の仮装との二つの事実を前提にして、重加算税賦課決定処分を肯認しているのであるが、その前半部分を欠いた場合に、重加算税が肯認できるか否か判示していないのであるから、理由不備というべきである。

5 納品書等を仮装したという原判決の事実認定も、経験則に照らし違法な判断である。

那須部長が、東洋造機に対し、納品書の日付をさかのぼらせた理由は、一つには、自からの工場現場責任者としての責任をとりつくろうためであり、もう一つは、納期が遅れていた受注者であつた松井に対し納入代金を早めに支払つてやろうという那須部長の善意から出たものと判断すべきが経験則からみて妥当な事実認定であり、原判決が、ことさらに税額を過少にするために日付をさかのぼらせたと事実認定したことは、本件設備の購入が、租税特別措置法上の減価償却の方法をめぐるものであるという特殊の事情を考慮に入れないでなしたものであり、正しい経験則による事実認定とは言えない。

本件においては、右事実認定の結果が、原判決の肯否に直接かかわるものであるから、原判決は経験則違反により取り消されるべきである。

以上

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